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浦和地方裁判所川越支部 昭和55年(ワ)157号 判決 1982年2月25日

原告 芦田勇

右訴訟代理人弁護士 大久保賢一

被告 株式会社長谷川工務店

右代表者代表取締役 水上芳美

被告 株式会社ファミリー

右代表者代表取締役 堀越治

右両名訴訟代理人弁護士 堤重信

程島利通

主文

一  被告長谷川工務店は、原告に対し、金四、八五五、〇〇〇円とこれに対する昭和五四年一〇月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の、被告ファミリーに対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告長谷川工務店との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担、その余は各自の負担とし、原告と被告ファミリーとの間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。但し、被告長谷川工務店において金二〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

(申立)

原告は、「被告両名は、各自、原告に対し、金四、八五五、〇〇〇円とこれに対する昭和五四年一〇月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決と仮執行宣言を求めた。

被告両名は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

原告は、左の(1)ないし(10)のとおり述べた。

(1)  被告長谷川工務店は、昭和五四年一〇月二日当時、東京都荒川区西尾久四丁目七三七番一の土地(住居表示は同四丁目一二番一一号、以下、本件土地という)上に建築予定の西尾久スカイハイツの施行主として、右土地を占有していたものであり、被告ファミリーは、右土地の所有者である。

(2)  原告は、右の工事現場である本件土地に、クローラークレーン(日立U106AL・5391号機、以下、本件クレーンという)を搬入して基礎工事に従事していた業者である。

(3)  昭和五四年一〇月二日午前一〇時ごろ、右工事現場において、原告が作業に従事中の本件クレーンが転倒する事故が発生した。当時、右クレーンのエンジンは停止し、吊荷は地面に接し、運転手である原告はクレーンから離れていた。

(4)  本件事故現場は、既に取りこわした建物のコンクリート製浄化槽が残存していたのを、大型掘削機で深さ四メートル以上掘りかえしてその下部にあった玉石等とともに除去し、そのあとを本件土地の別の部分に掘られた穴の残土で埋戻したのであるが、これは砂質シルトの埋戻しに適さない土砂であって、表面が平坦になるように埋戻しても従前の地盤の強度に復しておらず、極めて軟弱であったため、地盤が本件クレーンの重量に耐えることができずに陥没し、本件事故に至ったものである。

(5)  本件土地に右のような危険が存在することは、民法七一七条にいう、「土地ノ工作物ノ設置又ハ保存ニ瑕疵アル」場合に当るものである。埋戻し土地は、その埋戻しによって従前の地盤と同一か、それに準ずる強度が維持されていないかぎり、巨大な陥穴と化しうるのであって、「土地を含む全体を人間に危害を及ぼす危険物たらしめる客観的存在」即ち「土地ノ工作物」と解することができる。

(6)  本件土地は、一見平坦に埋戻しされていても、各所に掘削、埋戻しのされている地域が散在し、それが前述のように従前の地盤の強度に復しておらず極めて軟弱であり、沈下、陥没のおそれが多いうえ、その旨の標示もされておらず、その個所の所在が不分明になっており、多数の作業員が作業に従事している本件工事現場にあって本件のような地盤沈下、陥没の危険のあることは、本件土地に右のような瑕疵のあることを意味する。

(7)  被告両名主張の(6)の原告の過失は否認する。原告は、本件土地のどの部分が埋戻し土地であるか、また地盤が軟弱で本件クレーンの搬入によって陥没する危険があるか了知しなかったし、それが可能の状態ではなかった。

(8)  以上により、被告長谷川工務店は本件土地の占有者として、被告ファミリーは同じく所有者として、民法七一七条一項により、本件事故によって被った損害を原告に賠償する責任がある。

(9)  本件事故により、原告は左の①ないし④のとおり、合計金四、八五五、〇〇〇円の損害を被った。

①  クレーンの修理代 金三、六四〇、〇〇〇円

原告は、本件クレーンの修理を訴外日立建機株式会社に依頼し、修理代として右金額を支払った。

②  クレーン運搬費 金二三五、〇〇〇円

原告は、右クレーンの修理のための搬入搬出を訴外真弥機業株式会社に依頼し、運搬費として右金額を支払った。

③  代替クレーン賃借料 金一八〇、〇〇〇円

原告は、本件クレーンが使用不能となったので、訴外カワイ建設工業から代りのクレーンを一日金二万円の賃料で九日間賃借し、賃借料として右金額を支払った。

④  弁護士費用 金八〇〇、〇〇〇円

原告は、本件訴訟を提起するに当り、原告訴訟代理人に、弁護士費用(着手金および謝金)として右金額を支払う旨約した。

(10)  よって、原告は被告両名に対し、各自右金四、八五五、〇〇〇円とこれに対する不法行為の日である昭和五四年一〇月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告両名は、左の(1)ないし(8)のとおり述べた。

(1)  原告主張の(1)の事実は認める。

(2)  同じく(2)のうち、原告が本件工事現場において本件クレーンを操作し、基礎工事に従事していた事実は認めるが、右クレーンが原告によって搬入されていた事実と原告が業者である事実は不知。

(3)  同じく(3)のうち、「転倒した」とある点は否認する、「傾斜」したのである。その余の事実は認める。

(4)  本件事故現場の埋戻し土地は、既存工作物の残存物の撤去が行われた土地で、その後平板状に埋戻され、何ら付加的設備を伴わない土地自体ないし土地の状態であるから、民法七一七条一項にいう「土地ノ工作物」ということはできない。

(5)  また、右土地は、地盤そのものが建物の基礎となるものではないから、掘削後他の部分と平板状に埋戻されていれば通常必要にして十分であり、部分的に軟弱な個所があったとしてもこの土地に瑕疵があったということにはならない。また、被告長谷川工務店は、埋戻し土地における作業の上で地盤の養生等の必要が生じた場合に対処するため、原告においても自由に敷設利用できるよう鉄板を用意しており、現場における設備に欠けるところがない。

(6)  本件事故は原告の過失によっておこったものである。原告は、本件クレーンのオペレーターとして、また本件工事現場における基礎工事の従事者として、本件クレーン搬入についての安全確保に十分注意すべき責任があるものであり、本件土地中のどこが埋戻し土地であるかは十分わかっており、そこに降雨等の影響による軟弱部分があることも了知し、少くとも予見したにもかかわらず、①搬入路の養生のための鉄板の敷設を狭く不完全にしか行わず、②本件クレーンを自から敷設した鉄板上の中心位置に正しくのせて操作、停止させず、左右のキャタピラを埋戻し土地上に鉄板から外した状態で停止させ、③本件クレーンのブームおよび吊荷と機械本体のバランスをとるため機械後部に設けられたカウンターウエイトの部分を、敷設された鉄板上の位置にあるようバランスよく停止させず、ブームが無負荷なのにカウンターウエイトを鉄板上から外し、ウエイトが鉄板の敷設されていない埋戻し土地部分にかかるような状態で停止させた過失により、本件事故を発生させたものである。

(7)  原告主張(8)の被告両名の賠償責任は争う。

(8)  同じく(9)の原告の損害は不知。

(証拠)《省略》

理由

一  被告ファミリーが所有し、被告長谷川工務店が施行主である西尾久スカイハイツ建設のための基礎工事中で同被告が占有している本件土地において、昭和五四年一〇月二日午前一〇時ごろ、右工事に従事していた原告操作の本件クレーンが地盤陥没のため傾斜し、ほとんど転倒する事故が発生した事実は当事者間に争いがない。被告両名は「転倒」したのではなく、「傾斜」したというが、右は表現の違いにすぎず、事実に争いがあるわけではない。

二  《証拠省略》を綜合すると、本件事故現場は以前建物があった場所で、建物の地下部分の基礎、地中杭、浄化槽などの地下埋設物等が除去され、一応土で埋戻され、ブルトーザーで表面がならされ平坦にされており、埋戻し部分とそうでない部分は一見判然と区別できない状態であったこと、しかしこの埋戻し部分は極めて軟弱な状態であって、そうでない部分の強度にほど遠く、原告が操作し、移動してきて、とめた本件クレーンの重量に耐えることができず、クレーンの一方の端の方から陥没し、次第に傾斜していって、斜めに地中に沈みこんだ状態でほとんど転倒したものであることが認められる。

三  右認定のとおり本件事故現場は地中の埋設物を除去しそのあとを埋戻すという人工的作業を加えて普通の地盤のように作成したものであるから、民法七一七条一項にいう「土地ノ工作物」にあたるものとみることが相当である。そして前項で認定した事実にあっては右「土地ノ工作物」である本件事故現場の土地(地盤)には原告主張(6)にいうとおり「瑕疵」が存在したものということができる。

四  被告長谷川工務店が本件土地の占有者であることは当事者に争いがなく、《証拠省略》によれば、同被告が本件事故のような事故を未然に防ぐため養生用の鉄板を用意するなどの手配をしていた事実も認められるが、しかしながら損害の発生を防止しうるに十分な注意を同被告がなしたと認めるに足るだけの証拠は本件において存在せず、したがって同被告は損害賠償の責を免れることができない。反面、同被告に責任が認められる以上、本件土地の所有者である被告ファミリーには原告に対する損害賠償の責任はないことになる。

五  そこで、本件事故によって生じた原告の損害であるが、《証拠省略》によれば、原告は、①本件事故によって転倒し、破損した本件クレーンの修理を訴外日立建機株式会社に依頼してその修理代金として金三六四万円を支払い、②右修理のための搬入搬出を訴外真弥機業株式会社に依頼してその代金として金二三五、〇〇〇円を支払い、③本件事故によって本件クレーン車が使用不能となったため、訴外カワイ建設工業株式会社から代りのクレーン車を一日の使用料金二万円で九日間賃借し、金一八万円を支払ったことが認められ、また、④原告が原告訴訟代理人に本件訴訟を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、相当額の弁護士費用の支払いは当然で、事案の内容や請求額等諸般の事情から見て金八〇万円が相当額と認められるが、結局以上①ないし④の合計金四、八五五、〇〇〇円の損害を蒙ったことになる。なお、本件の全証拠を以てしても、原告の側に過失相殺の対象となるような過失を認めることができない。

六  結局以上によれば、被告長谷川工務店に対する原告の本訴請求は全部理由があり、被告ファミリーに対する原告の本訴請求は全部理由がないので、前者を認容し、後者を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を各適用し、仮執行宣言とその免脱宣言につき同法一九六条一項、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍晴彦)

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